「いのち」を耕すコトバを見つけに

読書系ブログです。「いのち」を耕し、豊かにしてくれるコトバを見つけに、本の森へと分け入っていきたいと思っています。

『等伯』上巻で出会った言葉

こんにちは。

今回のエントリーでは、昨日(5/23)に読み終えた『等伯』上巻(安部龍太郎著)からピックアップした言葉をご紹介したいと思います。

信春(=等伯、引用者注)はじっと絵を見つめ、どうずればいいか考え込んだ。

出来てはいる。だがなってはいない。その成らざる所を突き抜けるには、何が必要なのか・・・。(p.199)

 

等伯の、作品に望む厳しい態度が表明されています。「描く」と「成る」との違い。安易に「魂がこもった」かどうかを述べているのではありません。これは人物画を描いているときの記述です。その人物の過去と未来までも、その絵の中に写し取らなければと等伯は考えているようでした。

絵とは悟りに向かう細道のようなものでございます。だれかがそこを越えてくれたなら、他の者の励みになりまする。(p.205)

等伯に語られた言葉です。一人の人が成したことは、他の誰かにとっても「励み」となる。人間としての可能性が開けてくる。そういうことなんだろうと思います。

凄いよ。人はこの世だけで生きているんじゃないんだね。(p.246)

遂に作品を完成させた等伯に、その息子が語った言葉です。等伯が成した業(わざ)も凄ければ、そこから「永遠」を生きることを読み取った息子も凄い。

人は生まれや育ちがいいからといって、幸せな生き方ができるとは限らへん。恵まれているからこそ辛いこともある。(p.282)

これも等伯に語られた言葉です。人の幸不幸は、生まれや育ちで決するものではないということを語っています。

幸せな人の表情は似通っているが、苦しんでいる人の顔はそれぞれに個性的である。心の底の執着と不安を無防備にさらけ出している。(p.285)

トルストイにも似た言葉がありますが、それをさらに一歩追求して、「執着と不安」が「苦しみ」の源であることを述べた一文です。特に「執着」に着目しているところが、この作品全体が仏教の思想に支えられていることをうかがわせていると思います。

 

◆引用文献

 

等伯 上 (文春文庫)

等伯 上 (文春文庫)

 

 

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図書館で借りた「紙の本」だったので、「これは」と思った記述について付箋を貼り、珍しくノートに抜書きを作ってみました。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

茶箪笥

 

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