「いのち」を耕すコトバを見つけに

読書系ブログです。「いのち」を耕し、豊かにしてくれるコトバを見つけに、本の森へと分け入っていきたいと思っています。

敬語と距離感

こんばんは。

図書館で借りてきた、以下の本を「流し読み」しました。流し読みになってしまったのは、途中で集中力が途切れてしまったからです。

 

「対人不安」って何だろう? (ちくまプリマー新書)

「対人不安」って何だろう? (ちくまプリマー新書)

 

 

さて、今回はこの本についてではなく、私の日常的な「振る舞い」について点検してみたいと思っています。

私は話す時には敬語を多用します。それは、

・高校時代の友人に、よく敬語を使っている人がいたから、

・アルバイトで中学生にものを教えたり、保護者の方と話す機会が多かったから、

・コールセンターで仕事をしていたから、

等の理由が考えられます。

だからといって、私は人に敬語で話せと強要するつもりはありません。ただ、スキルとして敬語を使える方がよいだろう、程度のことは思っています。

それは、少なくとも私の場合、敬語を使うと逆にラクだからかもしれません。なぜラクと感じるのか。それを考えてみたいと思います。

1つには、人と人との距離感や、役割関係を確定しやすいということがあります。人には(日本人は、とは言いません)役割関係が決まると、それに沿った役割を「演ずる」という側面があるように思います。役割関係が決まっていた方が、自分の「内にあるもの」が流れ出しやすくなるように思うのです。

だから、私は敬語を多用するのでしょう。むしろ、それは「惰性」で使っているだけなのかもしれませんが。

今回は短めですが、以上とさせていただきます。最後までお読みいただき、ありがとうございました。

 

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茶箪笥

 

 

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