「いのち」を耕すコトバを見つけに

読書系ブログです。「いのち」を耕し、豊かにしてくれるコトバを見つけに、本の森へと分け入っていきたいと思っています。

小学館の「小説丸」サイトから~私の本 若松英輔さん・01

おはようございます。

今日は先日Twitterリツイートで流れてきた、小学館の「小説丸」というサイトに掲載された、若松英輔さんの「私の本」全3回のうちの第1回分を読んでみたいと思います。

 

www.shosetsu-maru.com

 

(再読して=茶箪笥注)この本を読んだつもりでいたけれど、じつは読めていなかったことに気づいた。

読書の意味とは(略)最大の発見は「読めていなかった」のを知ることです。

 

よく、読書とは自分をその本の文章のうちに発見する営みだと言われます。その意味では、再読することでまた、実は「気づいていなかった」ことをその都度知るということをおっしゃっているのではないでしょうか。

 

「わかる」は知的理解ではありません。いわば、全身全霊で何かを感じ始める、というのです。

(略)現代の私たちは、多くの場合、1回読んだだけで終えてしまっているかもしれない。

(略)しかし本当は一冊の本を、「確かに読む」ことが肝要なのです。

 

ここでは「わかる」ことがどういうことかをおっしゃっています。ここでの知的理解というのは、「量的理解」のことだと思われます。「量」であれば、多い方がよいことになる。しかし、本を読んでわかるというのは、「質的理解」である。「量」であれば、それは代替がきく。しかし、「質」は代替不可能なものである。その人に、その時にしか訪れないものであることを述べていると思われます。

 

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今回は以上です。あと2回、同様の形式で引用に私見を加える形でのエントリーを書いてみたいと思っています。

 

茶箪笥

 

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